電子楽器で作曲するということ 電子楽器にはシーケンサーが付いている事が多く、このシーケンサーによって面白いパターンやフレーズを瞬間的に作り出し、即興のパフォーマンスを繰り広げることは、電子音楽を奏でる醍醐味のひとつと言って良いでしょう。 Elektron Digitakt 音楽としての完成度はDJから発せられる「曲」には及ばないものの、生の電子楽器、シンセサイザーのパフォーマンスにはDJが奏でる「電子音」とはまた格別の迫力があります。 DJが提供する音楽は、私は専門外なので詳しい作り方をよく知りませんが、あらかじめ作られた曲を繋いだり、テンポを変えたり、エフェクトを掛けて聴衆を踊らせることに力を注いでいるように見えます。もしくはAbleton LiveのようなDAWで自分で作曲してパフォーマンスをしているアーティストもよく見かけます。 Ableton Live 私は、主にハードウェアの電子楽器を使った作曲について書いていきます。 電子楽器の世界での作曲は今までの伝統的な音楽と違い、自由度の高さにおいてはジャズを超えているのではないでしょうか。 自由であるというのは心地良さそうな言葉ですが、本田宗一郎いわく、 「自由の中に生きるということは嵐の中に生きるのと同じである」 なのです。どのジャンルの音楽にも名曲と呼ばれるものはありますが、自由度が高いジャンルほど名曲と呼ばれるものが少なくなっていくのは、自由であればあるほど完成度を高めるのが難しいからです。
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「どれくらいピアノが弾けるようになったら作曲やアレンジのような事ができるのか」という質問をいただきました
・どれくらいピアノが弾けるようになったら作曲やアレンジのような事ができるのか ピアノの技巧と、作曲の技巧、アレンジの技巧は全て独立した異なるテクニックを必要とします。 ざっくり大きく分けますと、ピアノの技巧は肉体労働的なものであり、作曲やアレンジは頭脳労働的です。 ピアノの上達には、反復練習が必須でありますが、何をどのように反復練習するか、 出来るだけ辛く嫌な思いをせずに、楽しく効率よく上達するにはどうすれば良いかのメニューは個人に合わせて私が綿密に練り上げます。 ある程度の忍耐が必要なのは筋トレに近いので、独りきりでやるよりも、誰かのサポートがあった方が上達は確実なものになります。 作曲にはメロディの作り方、アレンジにはハーモニーの重ね方、学ばなければならない事は多いのですが、 10回のレッスンを一区切りとして、Mさんが1人で飛び立てるように、滑走路を敷くのが私の役割といって良いでしょう。 私がレッスンを月謝制でなく回数制にしているのはそこに意図があるのです。 10回を一区切りに成果を挙げて見せるという決意です。 月謝制では、長く続けていただけて私の生活は潤いますが、 ダラダラと続いてしまう恐れがあり、生徒さんもなんとなく辞めづらくなってしまいがちです。 大学時代の作曲クラスのノート 1回レッスンを受ければ1回分、10回レッスンを受ければ10回分の知識と修行の成果を得ることができます。 そしてその成果を持って自分が全力で何が出来るか、という事に尽きます。 その時に出来るベストを尽くすのです。 よってMさんが1時間ピアノを弾いたら1時間練習した分の曲を作るでしょう。 10年練習したら、10年練習した分の曲やアレンジを作れるようになるのです。 私は日本で育って来た体、中国で得てきた忍耐力、アメリカでの修行で得てきた音楽性、その全てを使って音楽を作っているのですね。 MさんはMさんにしかわからない人生を歩んで来たはずです。 その全てを駆使して作品を作り上げる事が出来たら素晴らしいと思いませんか。 そのお手伝いをするのが私です。一緒に頑張って作ってみましょう!
ビートをどこに置くか 日本人は1と3でリズムに乗る人種です。盆踊りや演歌、ユーロビートで踊るパラパラに至るまで手拍子が1拍目と3拍目に来る事が1と3でリズムに乗っていることになります。 これに対し、アフリカ、キューバ、ブラジル、アメリカなど黒人由来のリズム感覚を持っている人達は2と4でリズムに乗っています。 例えば、「聖者の行進」という曲は元がアメリカの黒人の霊歌ですが、この曲に手拍子を入れてみると、自然に2と4に拍子が来る事がわかるかと思います。 重要なのは、このノリの違いを「わかっている」か「わかっていない」かという事であってどちらが正しいと言う事ではないのです。 ヨーロッパのクラシック音楽においても1と3で乗る事が多く、ユーロビートも同様で、どちらも日本人が愛してやまない音楽のジャンルと言って良いでしょう。さらに能楽から始まる日本の伝統舞踊も同様で、むしろ日本人にとっては、2と4の「ノリ」自体が不自然な事なのです。 アフリカ大陸で発生するリズムには楽譜に書き起こせないものが多数存在し、あるヨーロッパの音楽家がアフリカ大陸でそのリズムによるダンスを初めて見たときは、 「書き表すことができないリズムだ。でも決してデタラメではない。あえていうならば27分の43拍子とか。。そんな感じで、そのリズムを紙に書き起こすことは不可能です。」 というような事を言っていました。 日本にも譜面に書き起こす事が出来ない音楽が存在していて、しかし日本の場合は呼吸でリズムを合わせるような所があり、これはこれで非常に高度ですが黒人達のリズム感覚とは明らかな次元の違いがあります。 例えば相撲の立ち合いや、落語家の話の「間合い」といった「呼吸」を重視するものが日本人特有の高度なリズム感であり、これを現代音楽に応用することは難しいため、伝統芸能や民謡などを除いて日本人も西洋音楽由来のリズム感で曲を作るようになっていったのです。 そしてアメリカには奴隷としてアフリカ大陸から連れてこられた黒人が居ました。皮肉なことに、アメリカの非常に優れた音楽の源はこの奴隷達によって生み出されています。 その原型となっているのがブルースと呼ばれ、誰がどのように始めたのかも不明な黒人達の慰めの音楽であるブル
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