ビートをどこに置くか

日本人は1と3でリズムに乗る人種です。盆踊りや演歌、ユーロビートで踊るパラパラに至るまで手拍子が1拍目と3拍目に来る事が1と3でリズムに乗っていることになります。


これに対し、アフリカ、キューバ、ブラジル、アメリカなど黒人由来のリズム感覚を持っている人達は2と4でリズムに乗っています。
例えば、「聖者の行進」という曲は元がアメリカの黒人の霊歌ですが、この曲に手拍子を入れてみると、自然に2と4に拍子が来る事がわかるかと思います。


重要なのは、このノリの違いを「わかっている」か「わかっていない」かという事であってどちらが正しいと言う事ではないのです。

ヨーロッパのクラシック音楽においても1と3で乗る事が多く、ユーロビートも同様で、どちらも日本人が愛してやまない音楽のジャンルと言って良いでしょう。さらに能楽から始まる日本の伝統舞踊も同様で、むしろ日本人にとっては、2と4の「ノリ」自体が不自然な事なのです。





アフリカ大陸で発生するリズムには楽譜に書き起こせないものが多数存在し、あるヨーロッパの音楽家がアフリカ大陸でそのリズムによるダンスを初めて見たときは、
「書き表すことができないリズムだ。でも決してデタラメではない。あえていうならば27分の43拍子とか。。そんな感じで、そのリズムを紙に書き起こすことは不可能です。」
というような事を言っていました。

日本にも譜面に書き起こす事が出来ない音楽が存在していて、しかし日本の場合は呼吸でリズムを合わせるような所があり、これはこれで非常に高度ですが黒人達のリズム感覚とは明らかな次元の違いがあります。
例えば相撲の立ち合いや、落語家の話の「間合い」といった「呼吸」を重視するものが日本人特有の高度なリズム感であり、これを現代音楽に応用することは難しいため、伝統芸能や民謡などを除いて日本人も西洋音楽由来のリズム感で曲を作るようになっていったのです。


そしてアメリカには奴隷としてアフリカ大陸から連れてこられた黒人が居ました。皮肉なことに、アメリカの非常に優れた音楽の源はこの奴隷達によって生み出されています。


その原型となっているのがブルースと呼ばれ、誰がどのように始めたのかも不明な黒人達の慰めの音楽であるブルースが根元となり、ジャズ、ロック、R&B、ポップス、ヒップホップなどに枝分かれし、数々の名曲が生み出され、世界中の人々を魅了するようになっていったのです。

特にジャズはアメリカ発祥の「唯一」の芸術と言われており、初期はアメリカの白人が頑としてその高度な音楽の芸術性を認めなかったため、ジャズは本国アメリカよりも先に東京やパリにおいてその人気を不動のものにしていったという歪んだエピソードを持っています。

第二次世界大戦後、日本もこのアメリカ音楽を取り入れて国と共に発展してきた経緯があります。

つまり日本人は1と3で乗る人種であるまま、知らず知らず2と4で乗る事が当たり前の文化を吸収しようとして来たのです。
戦争中の国威発揚の曲や軍歌などはバリバリ極度の1、3ノリです。そのように歴史的にも環境的にも1、3の人々が急に2、4の文化をモノにしようとする所で
「何かおかしいな。でも楽しいからいいや!?」
という理解しがたい微妙なズレが生じているのは無理もない事なのです。

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